昭和40年8月13日 朝のご理解 ★
今日は、皆さんもご承知であろうとも思いますけれども、小倉の初代のお立ち日でございます。いわゆる(しょうちくめんいき?)です。
毎年今日は、小倉では、金光様にはやっぱりお盆があるかといって、みんなが不思議がるぐらいに、いわゆる盆祭りのような祭りが、奥城であるという(車の音で聞き取れない。)花火大会などがございましてですね、それは、その盆だからとかじゃない。えー、桂松平先生のお立ち日だから(かもしれません。? 車の音で聞きにくい。)
私は、そんなことを、只今あのう、御霊様にご挨拶を申し上げる時に、今日は、桂先生のお立ち日だなと思わせていただきましたら、ここにあのう、あそこに彫って、赤でこう書いてあった。『★ 御造営の設計図が、あのう貼ってありましたが、あの設計図の前に、桂先生が、ぼんやりですけども、こう前に立ってござるところを頂いたんです。』
私は、なんとも(いいし?)な感激に浸かりましてから、ホントに、えー、今日の十三日会というのが、日が、あー神の願いの、悲願の成就する日だというような意味のことを頂くんですけれども、椛目の御造営を、即そのまま神様の願いが成就するのであーる、ありまして、言うなら、桂松平先生の願いが成就するということにもなるのです。
この有り難い、このめいきょうを、世界各国に、世界、世界万国に広げてやまんという桂先生の御精神がですねぇ、今度の、私は御造営であると、こう思うんですが、まぁそういう神様の願いであり、桂松平先生の、おー、意思でもある御造営ではありますけれども、ね。それが、その、そんな完璧なものにできるというのではないのです。
それは、そこを中心とする私。その中心に、えー、つながっておられるとこの皆さん。皆さんと私の、いわば信心の程度。程度において、神様の願いがそこに現れるのです。ねぇ。
してみると、なるほどこの設計図が、何回も何回も繰り返し書き換えられていくうちに、誰が見てもすばらしいなぁ、という概観の面にはおかげを頂いたけれども、ないしょう的なもの、内容的なものには、まだまだ(不具合な?)点がたくさん。または、言うならば私の、オー、ま、し、寝室とでも申しましょうか、私の寝室にはあわないところがたくさんある。
そこで、例えば、あー、堀尾さんを、おー、設計士でありますから、堀尾さんにそこはなおしてくれ、ここはなおしてくれというけれども、そこが意見が間違いで、なかなか一つにまとまらない、といったようなことになっておるのですけれども、ねぇ。それが(お得意?)さんの信心なのだということなんです。
外観は(とや)からできたけども、内部的にいたっては、この通りが椛目の信心ぞと神様は言うておられるのであり、その(せっきゅう失ったもとはようまの?)桂松平先生なのだということ。
それに不足をいい、ね、これをというのは、いわば、自分身の程も知らないということであり、(徳なら?)、ということなのだからです。そこで例えば、私共がより完璧なものにするためにです、いよいよ内容的な信心を(完璧に?)していかなければならないということになるですね。今私どもが、五の内容でいけないと思うのは、私どもが十の内容にならなければ、内容は十にはならないということ。スムーズにはならないということ。
いよいよそういうようなものを、私は、これは、どうした、古屋さんは、頑固な人じゃろうか、と言うのじゃない。そういうことは、その桂松平先生はどうした頑固な人じゃろうかということになるのです。
ね、ホントに頑固な方だったらしいですねぇ。桂松平先生ていう方は。けど、こと神様のことにかけては、頑固だったんですよ。ねぇ。いよいよ、変人だったんです。ちょうじょうは変人になれ、変人にならなければ信心はできん。変人とは、すぐいことぞ、とこうおっしゃった。一徹である。神様ごとというたら、もう前に進んでも後ろへは引かんという(祭典?)のご精神の持ち主でおありになったということ。
ん、せっかく( ? )またそれ以下の信者のです、信心のけいこが、ね、としてです、ま、それにふさわしい、それにつり合うたところの設計がなされておるということ。そこで、そこに設計がです、ん、例えばこのままの信心で見事にできたならば、それは、提灯、釣鐘、つりあわないは、不縁のもとといったことにまでなりかねない。ね。
ここはもう一段、私共がもう一段、内容的にも信心の進展を見せていかなけれ、掘り下げていかなければ、私共の信心をもういっちょ高めていかなければならない。そこには、桂松平先生の(おったじゆう?)にです、私共の信心に応じて、私共の心に適う、言わば神様の心にも適う設計が、内容的なものにも現れてくるんだということを、私は感じたんですよね。桂松平先生のそうした、あー、祥月命日今日にね、えー、こうして会を開かして頂くと。
先ほど、おー、長男が、久留米の野口さんに話しておるの横から聞かせて頂いておったんですけれども、(つねもしは?)私は、今日おー、善導寺から帰らして頂いたんですけれども、考えてみれば考えてみるほど、ぼくのおー、御本部、それから、アー、御本部行く前二か月、あわしてちょうど二年半、二年六か月という間を修行さして頂いたが、もういかに神乍らであったかということを、今日帰らして頂いてから、はっきり分からして頂いたんですねっち言ってから、話してたんです。
ね。それはどういう訳ですか、というような顔をしておるから、それに対して、えー、今度、この際、話しておりますんです。とにかく十三、もうホントにあのう、はーおー、帰らして頂くということ。そして、いつ帰ろうとか、あー、いつ帰らんならんとかとか全然思いもしなかったのにです、いろいろ、おー、私と善導寺の親先生との話し合いがです、なんともなしに十三日になって、決まったということ。ね。
なるほど、私が修行にやらして頂いたことも、神の悲願ならず。帰らして頂いたことも神の悲願なき、成就する日に、今日帰らして頂いたところをみて、その中味あるとこの二年半が、さまざまなことがあったけれども、それ一切が神のおー、おここ、おー、悲願に応えますらして頂けるところの修行であったなぁ、神乍らな修行であったなぁといったようなことを感じますと、こう言うておられます。
しかし私もそうだと、こう思いますねぇ。お、おー、私共の、おー、私共とこれから、なら例えば御造営なら御造営ということで立ってます。様々なことがありますけれども、様々なときのことが、例えば今日までのことを思うてみてです、はい、神乍らなことであるということ。ねぇ。ですから、これを神乍らにまた、あー私共の、おー、信心につりあうところの御造営、ね。それをもし、私共の気にいらんとするならです、気に入らんというと御幣がありますけれども、んー、(もっとごっとななのかっつ?)いうこともありますのはです、日本の信心に、もっとどうとかっというものを私は感じさせて頂いてから、御造営のことに焦点を置かして頂くなら、ね。
御造営も成就、なら、私共の信心も、そのことによって成就して行くということを感じるのです。
どうぞ、そういうようにおいてから、今日の十三日会がおかげを頂いてまいりますように、どうぞよろしくお願いいたします。